ブエノスアイレス2006 #2

ブエノスアイレス2006 #2

やったぜサロン・カニング!

コンフィテリア・イデアールでの「デビュー」の興奮冷めやらぬまま、翌日6/9の金曜日の夜は次の現場「サロン・カニング」のミロンガへ。翌週月曜日に予定されているライブの下見も兼ねて。

サロン・カニングは、数あるブエノスアイレスのミロンガの中でももっとも知名度の高いミロンガのひとつ。この夜もイデアールよりもずっとお客さんは多く、フロアは賑わっている。それでもケンジさん曰く、「シーズンオフだから少ないよ、一番混むときの半分程度かなあ」。うえええこれで半分!と驚く。

そんな中、年配のカップル「ポチョ&ネリー」のダンスデモンストレーションがあった。2人で年輪を重ねながら歩んできた日々の想い出が、そのままダンスになって、会場中の静かな、そしてやさしく、熱い視線の真ん中に、あった。派手さもない。速い動きもない。ただただ、抱き合って、ゆっくり踊っている。しかしところどころで会場からは拍手が沸き起こる。そして彼らがダンスを終えたとき、深い深い拍手が会場を満たした。彼らのダンスへの、人生への、そしてタンゴそのものへの尊敬と愛情を込めた、拍手。涙が出た。これがブエノスアイレスなんだ。このときに、そう感じた。

そうしていると突然「ドン・ファン」が鳴り響いた。なんとCD「トリオ・ロス・ファンダンゴス3」の一曲目の「ドン・ファン」だ!主催者のオマールさんがフロアの真ん中に出てくる。役者でもある彼は、会場中によく通る肉声で語り始める。「ちょっとみんな静かにしてくれるかな。ありがとう。この演奏に少しだけ耳を傾けてほしいんだ。…どう思う?いいだろう?これが日本のタンゴ楽団だって、信じられるかい?彼らは、三日後、ここで演奏するんだ。そして今日、ここに来てくれている。紹介しよう。トリオ・ロス・ファンダンゴス!そしてケンジ&リリアナ!」突然紹介されて慌てて3人はケンジさんたち共々立ち上がり、みんなの拍手を受ける。驚いた。そんな風に紹介してくれるなんて。いつの間にかリリさんが手渡していたCDをオマールさんは早速聴き、こんな風に紹介してくれたらしい。

サロン・カニングのミロンガの主催者であるオマールさんは、新しい感覚で次々に面白いタンゴイベントをしかける人だとケンジさんが教えてくれた。古い教会の廃墟を会場にしたアングラミロンガで、今ブエノスアイレスに留まらず世界中の注目を浴びているエレクトロタンゴの「ナルコタンゴ」のライブを企画し、ケンジ&リリアナのダンスをこれに絡めたのも、彼だとケンジさんが話してくれた。そんなわけでサロン・カニングには若い人たちも大勢やってくる。そうそう、みんなが踊るために会場でかかるタンゴの合間合間に雰囲気を変えるために流されるコルティーナも、ここではなんとラモーンズやブラック・サバス!エ爺、狂喜。

ここで演奏するのかあああああ、みんなどんな反応するかなあ、やったるどおおおお、とまたゾクゾク。

さて、実は、サロン・カニング公演の前に、もうひとつミニコンサートがあった。6月11日の日曜日、滞在中のサンテルモ・コロニアルのパーティーでのライブ。主人イネスの友人たちやケンジさんの友人ベトさん夫婦、そしてかわいいモルガナちゃんも来た。

普段着の、そして気の置けない友人たちの集まりでの、生音の、ミニコンサート。ケンジさんは事前にやっぱり「まあ、2曲ぐらいにしとくかな」なんて言ってる。で、予想通りやっぱり2曲おきに出てきて踊る。イネスの息子さんエミリアーノはなんと慶応大学の大学院を出ていて日本語ペラペラ。そこで通訳をお願いし、やっと色々しゃべりながらライブができる状態に。ふぃーありがたや。でもスペイン語MCでも拍手もらいました。「ペロン ドスミル キニエントス クアレンタイトレス」「うおおおお、ぶらぼおおお」。いや、あのね、6/17演奏予定のビエン・プレンタの住所言うただけやん。こんなことでウケるのに慣れたらいかん。芸が荒れる。わはは。

パーティーに来ていた、コロン劇場にも出演した経歴を持つオペラ歌手の方と「想いの届く日」をセッションしたり。みんなに「カンパーイ」と日本語で言わせて「酒宴の一夜」を始めたり、楽しいひととき。タンゴ楽団は色々いるけれども、あなたたちのスタイルは古きよきタンゴのよさがあって、リズムがはっきりしてて、いい!なんて誉められちった。延々演奏。そろそろ、とやめようとしたら「じゃ、休憩にしましょう。少しみんなで飲み食いしてその後でまた」なんて。で、手作りのうんまいエンパナーダなんかついばんで、のんびり。で後半も延々。終わろうとすると「もっともっと!」。ミロンガでは演奏できないタイプの曲「ブエノスアイレスの冬」もやって。でもよかったなあ、ブエノスアイレスで、とってもあたたかい人たちに囲まれて、「ブエノスアイレスの冬」。なんか色んなこと、思い出して、胸いっぱいになったひととき。

さて、一体何曲アンコールしたかな、というくらいやって、やっと演奏終了。なんとその後、タンゴのダンスの世界大会ブエノスアイレス予選会場にケンジさんとアタクシ2人で出向く。どんなもんかいね。ほほお、これまたたくさんの人!でもなんだかパーティーでの演奏で疲れたせいか、意識が朦朧としてふぅっと遠ざかるぅ。ケンジさんも舟をこぐ、アタシも舟をこぐ。ぎっちらこぎっちらこ。もう帰りましょ。で失礼することに。ミナサンごめんなさい。そうそう、日本の大会ではタナディーズが優勝の快挙!やったぜ!おめでとう!

さて、翌日、6月12日の月曜日。夕方5時に一旦会場サロン・カニングへ。すでにゴンサロとエ爺は意気投合、近くのカフェでお茶なんてしてる。エンジニア同士、やっぱり通じるんですなあ。で軽くサウンドチェック。最初の一音からみんなにちゃんと届けたいもんね、やっぱり(ここでまた某小松亮太氏のことを思い出しそうになるが…以下略)。

チェックが無事終了し、一旦サンテルモに戻る。この日に限らず移動は大抵タクシー。初乗り1.98ペソ(1ペソは約40円)、つまり約80円。不思議なんだけれど、サンテルモ地区には独特の空気というか雰囲気があって、タクシーがサンテルモに入るとそれとわかる。なんとなくほっとする。いわゆる「下町」。庶民の町。

実はこの夜は、オルケスタ・ティピカ・フェルナンデス・フィエロのライブに行くことになっていた。われわれの今回のツアーの制作を取り仕切ってくれたミホさんが「あるけど行く?」とすでに到着翌日のミーティングの時に声をかけてくれていた。日本でケンジさんたちを通じてCDは手にしていた。ガラス瓶を割ったのを手に握って相手に挑みかかろうとしている男のアゴから肩、腕、手元だけがレンガの壁をバックに配置されたファースト。そして建設中の道路の上からアップライトピアノが落下している瞬間の写真のセカンド。どちらにしても、危険な香りプンプン。アングラ臭の、タンゴ。ええですなあ。CDで聴く限り演奏もなんともいえない暗さ、重さが充満したパワフルなもの。ライブが見れるなんて願ってもないチャンス。イチもニもなく「行く行く!」でもミホさんは前もって再度確認してくれた。「予定通り行きます?それともサロン・カニングのライブの直前だから集中する?」…「行く行く!」全員やっぱりイチもニもなく。

会場は少し大きめのライブハウス。「勝井くんもここでライブやったんだよ」とリリさん。渋さ知らズやROVOなどで大活躍中のヴァイオリン弾き勝井祐二氏のこと。ほええ。フェルナンデス・フィエロ楽団はここで毎週ライブをやっているのだという。それでこの入り。すごい人気。ちなみに入場料は14ペソ(560円)。
10時開演予定。しかしやはり、押す。5分、10分、15分。なんのアナウンスもない。メンバーの一人なんてステージ下で彼女といちゃついてたりして。20分、25分。なんと今頃メンバーの一人が駆け込んできたりして。そして30分以上。いつのまにか満員になった客席から次第にじれたお客さんの手拍子が始める。

そして…。なんとも重々しく悲しげな演奏が始まり、それに合わせて幕がシズシズと開かれていく。アングラテント芝居の雰囲気!ステージにはあちこちに大きな爆弾のオブジェが置いてある。オルケスタの後ろには火を吹いている蓄音機をデザインした巨大な旗。バンドネオンが4人、ヴァイオリンが3人、ビオラにチェロが一人ずつ、ピアノ、コントラバス、そして歌手がひとり、総勢12名。ジーパンにTシャツ、ロングヘアーにピアス。バンドネオンのひとりはドレッドヘアー。バンドネオンの革ベルトのところにはスパイクが。パンクだ。ヘビメタだ。全員複雑なアレンジの曲を暗譜でガンガン演奏する。ヘッドバンギングしながら弾きまくるバンドネオン。マイクに挑みかかるようなヴァイオリン。物凄いヘヴィなグルーヴと疾走感。歌手も一般的なタンゴ楽団の歌手によくある、タキシードに撫で付けた髪、などではない。最初登場したときには透明のマスクをかぶっていきなり出てきてそのまま歌い、マスクを取る事もなく何も言わず引っ込んだ。その後もステージ奥から変なラッパの音を鳴らしたり、余り喋らないメンバーの代わりにピエロを演じ、怒涛のMCを展開し、そして、歌いまくる。この歌が本当にうまいし、パワフル。ロックヴォーカルかやはりアングラ芝居なスタイルとでも言うべきか。満座のお客さんの心をわしづかみにし、握りつぶすような歌。照明も完全にロックバンドのそれ。すごい演奏だった。タンゴは「再生芸術」「保存芸術」なんかじゃない!現在の、今の、生きた表現なんだ!そのことがはっきりと示された演奏。ええもん見させていただきました。感謝感謝。

さあて、いっぱいエネルギーをもらって熱くなったところでいよいよサロン・カニングへ。到着するともうどんどん人が踊ってる。雰囲気は明らかにイデアールの落ち着いた感じとは違う。色んな人が入り混じり、タンゴが渦を巻いている。

ステージに向かう。いよいよ演奏だ。2ステージに分けて、7曲ずつを予定。件のオマールさんが司会をしてくれる。「紹介しましょう!トリオ・ロス・ファンダンゴス!」来た!この瞬間、たまりません。一曲目はイデアールで一曲目としてやって手ごたえのあったガショシエゴで行く。みんなの目が注がれる。静まり返り、音を待つ、サロン・カニングの空間。力をぐっとためて、音を、放つ。さあ、飛んでいけ!イデアールのみんなの拍手や熱い抱擁、サンテルモコロニアルのみんなの温かさ、ぼくらのブエノスアイレス公演を実現してくれたチノ&ミホの熱い思い、仲間として先輩として、そして家族としてここにぼくらを連れてきてくれたケンジ&リリアナの眼差し、そしてさっきまで見ていたフェルナンデス・フィエロの激しく狂おしい演奏…。それら一切を吸い込んだファンダンゴスの音。ぐいぐい、いく。おっと、ブエノスアイレスの肉も、我々のミカタだ!

やはり誰も踊らないでじっと見てる。お、途中から一組、二組。それでも殆どの人たちが固唾を飲んで見詰めている、そんな空気。やっぱり聴いてる!イデアールの時と同じ空気。ピンと張り詰めた、何かが漲り、そして膨らんでいく、そんな空気。

そして、エンディング。やっぱり、来た、カニングのお客さんみんなの、拍手喝さいと、飛び交うブラボー!よっしゃっ!

さて、やっぱり緊張のMC。ふひー。ところがおもしろい事が発生。こちらが詰まると、なぜか次の単語を会場のあちこちで既に先回りして叫んでくれる人が。それがまたカンペに用意したことばとぴったり同じ。おもしろいようにばれてる。みんな笑いながら助けてくれる。そして何とか言い終わるとまた拍手喝さい。ええなあこれ。簡単なこと言うだけで拍手。喜んでるバヤイじゃないか。芸が荒れる。わはは。みなさんありがとう。ことばをひとつひとつ覚えていく時のこどもってこんな気持ちかな、でも。ひひタノシイ。

そうそう、会場にはベトさんも。彼にはまた新しいのを教えてもらった。「レス インビタモス アラピスタ ケバイレン イ ケディスフルウテン」(みなさんどうぞフロアへどうぞ。踊ってください、そして楽しんでください)。これをまた詰まり詰まり言って演奏を始めるとまた拍手、そしてフロアは踊る人たちで一気に一杯に。

フロアに出て踊っている人たちは一曲演奏し終わるごとに、みんなこっちにちゃんと身体を向けて拍手をしてくれる。目の前の人と踊ることだけしか考えてない、というのではなくて、ちゃんとミュージシャンにも敬意を表してくれる。嬉しい限り、ありがたい限り。そうなればもっと力込めて演奏しようかという気になるもの。いつもそういう感じなんだろうなあブエノスアイレスは…。と思ったら、「違うよ」とケンジさん。「普段はね、バンドが入っていても、曲が終わったらパートナーと視線を交わしながら、拍手する程度。わざわざ楽団の方に毎回毎回向いてみんなが拍手するなんていうのは、見た事がない」。ほんまかいな。本気にしまっせ、もう調子に乗りまっせええええ。ぐへへ、うれしいやないのさ。本当に、フロア中のみんなが嬉しそうな顔をこちらに向けて拍手してくれる。ブラボー!と叫んでくれる。手を頭の上にあげて「拍手してるよ!」というのを見せてくれるお客さんも。いつのまにか踊りの途中の拍手なのに、スタンディングオーベーションみたいになってる。みんな、ほんとうにありがとう。こちらこそ、みんなに拍手したい気持ちです。胸に手を当てて、お辞儀をする。そうせずには、おれなかった。

セカンドステージのオープニングはケンジ&リリアナと共に。「ブエノスアイレスの夏」そして「ミロンガ・トゥリステ」。ケンジさん曰く、「ここのお客さんは、色んなダンサーのデモンストレーションを見てる。だから派手目に踊ってもそんなに珍しくない。「夏」はむしろ、次のミロンガ・トゥリステのための布石、なんだよな」。ううむサスガ、ケンジさん空気を読むねえ。そのケンジさんをもってしても株価の空気を読むのは…。以下略。

静かで深いミロンガ・トゥリステに会場全体が引き込まれていく。ああ、幸せ。こんな瞬間を共有できるなんて。ここ、ブエノスアイレスだよ。そしてサロン・カニングだよ!

大拍手喝采の中、ケンジ&リリアナのデモンストレーションが終わる。CDでデモをやるのとは違う。生きてその場で動く、音楽とダンス。そう、それがこの組み合わせの、いいところ。どんなもんだい!

デモが終わると、みんなが一斉にフロアに出てくる。そして前半にもましての人口密度。その密度で、こちらの演奏のグルーヴと共に、フロア全体が揺れる。ステージから見てても圧巻だった。うれしかった。

いよいよ、2部も終わりの曲となった。「最後の曲となりました。ありがとうございました」とミホさん直伝のスペイン語で言う(カンペ見ながらね)。すると、会場中から「えええええええ!?なんでええええええ!?終わるなよおおおお!もっとやれよおおおおおお!」とみんなが口々に叫び始める。うひゃああ、なんだかすごいぞこの空気!そう思いながら、ラストの曲、ドンファンを威勢良く。

曲が終わると同時に、ものすごい拍手喝采。オートラ!オートラ!の連呼。ぐわあああありがたやーでは、やりますぅぐらしあすぅと、アンコールがもしあったら、と用意していたフェリシアを。そしてこれまたみんな大喜び。ガンガンやって終わる。ふぃーやったぜえええええ。と心地よい達成感と共にステージを降りようとするも、拍手喝采の圧力が強くて降りる雰囲気にならない。信じられないことに、みんながまた「オートラ!オートラ!」とさっきにも増して、叫んでる。うぇえええええほんまかいなこれやってええのかな、と一瞬逡巡してると、フェリシアの時にステージ前まで来て最前列で写真を撮っていたケンジさんがなんか叫んでる。「エル・ウラカン!エル・ウラカン!」ラ・クンパルシータでも、と考えていたのだが、なるほど、と計画変更。さすが空気を読むケンジさん。以下略。

イントロ(別名「山姥のテーマ」)、いつもにも増してケイトさん大爆発。オオウケ、大喝采のサロン・カニング!そして爆演ファンダンゴス。ほんま、台風ですわい。そして、終了。拍手喝采は止まらない。やっぱりオートラ!の声も。でもここはありがたくそれに送られてステージを降りることに。かくしてサロン・カニング大爆演は終わったのでアリマシタ。

大喜びでぼくらを祝福してくれたのは、ミホさんと共に誰よりもぼくらのブエノスアイレス公演を支えてくれたチノさん。「よかったよ、ほんとうによかった!カニングでこういう成功を収めたことは、本当にすばらしい!おめでとう!」と祝福し、抱きしめてくれた。そしてチノさん、ぐっと顔を近づけて曰く「そしてアンコールを2曲で止めたのが素晴らしかった。あそこでやりすぎるとみんな冷めるんだ。さすがだ、よかった!」だって。わはは。

そうそう、終演後、えらい誘いを受けました2つも。その1。「わたーし、イタリーでタンゴフェスティバルを主催していまーす、イタリーに来て演奏しませんーか、あんたたち」。わはは。イタリーだって。その2。「わたーし、アメーリカはヴァジニアでタンゴフェースティバル主催してまーす。演奏しにきませーんか、あんたたち」。わはは。アメーリカだって。ほーんまかいな。そんな簡単に行けるわけがないがな。ブエノスアイレス来るだけでもえらいことやったのに。でも「ワハハ。Si, si. オッケーオッケー、行く行く」ほんまかいな。

そうそう、サロン・カニングのトイレの入口のところは、名物オヤジさんの売店になってる。そこに我々のCDも、置いてもらった。今このときにも、並んでいるのだろう、きっと。また、行くよ、きっと。ありがとう、サロン・カニング。

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